●チマタにあふれるカラオケ好きの音楽嫌い
「カラオケ」が、世界に誇ることのできる日本の文化と言い切るのは、いかにも恥ずかしいのだけれど、本当のコトだからどうにも仕方ない。それ以外に思いつくのは回転寿司ぐらいしかないのだ。もっとも、２０年ほど昔の８トラックのカラオケ草創期には、ものめずらしさも手伝って、僕も酒場で大いに興じたクチだ。エラソーなことは言えない。
　しかし、これだけ世の中にマンエンシンショクするとなんだか気持ちが悪いと思うのは勝手ないい草だろうか（ソーダソーダという読者の大合唱が聞こえる）。
　まさに日本の音楽業界が生み出したスキマ産業、あるいは例のごとくのコピー文化ではないだろうか、などと悪口を放ちつつ、ひょっとしたら今でもマイクを持ったら放さないかも知れない。がはは。
　そんな僕のエセ文化論などどこ吹く風、チマタにはカラオケ施設が氾濫している。もちろん、老若男女を問わず過半数の日本人が「カラオケ好き」である。僕を含め「カラオケ嫌い」を自称する人びとは、いまでは「カラオケ好き」から「暗い性格」とさげすまれ、「歌わない」あるいは「歌わないと決めた」ことを「歌えない」ことと誤解され、アザ笑われつづけるのを覚悟しなくてはならない。若者たちのあいだでは、かつての喫茶店での「コーヒー＆コミュニケーション」に代わる「カラオケ＆コミュニケーション」が常識になっているが、ただしここでは他人の歌を聴いているヒマはなく、次に歌う自分の曲探しにイソガシくってコミュニケーションどころではないようだ。。ところで、こうしてカラオケボックスなどに通いつめる若者たちは、果たして「音楽好き」なのだろうか。僕は、それにはちょっと首をかしげたい。
　耳新しい理屈ではないかも知れないが、カラオケの流行とコンピュータゲームのあいだには、非常に大きな共通点を感じる。つまり、「バーチャル・リアリティー」の世界が両者に共通してある、ということだ。「仮想現実」という意味のこの言葉は、まるで現実のことであるかのような創りものの世界を体験するということなのだろうが、コンピュータグラフィックスの発達で、いまやゲームの世界は驚くばかりの表現力をもっている。その世界の最先端をいくハリウッド映画では、白亜期の恐竜がチョーリョーバッコし、ヒデオ・ノモならぬ本物のトルネードが吹き荒れ、観客のド胆を抜いたりする。コンピュータゲームにうつつをぬかしている若者に対し、批評家が「そんな仮想現実の世界でばかり遊んでいるから、現実的にはなにもできないんだ」などと批判する。しかし、演劇空間や映画はたまたテレビにいたるまで、これまでも幾多の「仮想現実」の歴史はつづいてきたはずなのだ。小説だって、その例外ではない。２００２年の日韓協同開催が決定しているサッカーのワールドカップでは、実際に試合が行なわれている会場だけでなく、別のスタジアムに巨大な立体スクリーンを設置してバーチャルゲーム観戦ができるようにしようなどというアイデアも出されていたが、そのとき、観客の声援は、何を目的に送られるのだろうか。
　コンピュータと人間はインターフェイスするが、反面、ヒトとヒトのインターフェイスは少なくなっていく。すっかりハナシがそれてしまったが、この「バーチャル・リアリティー」のある種の典型であり、「仮想現実」にどっぷりと入り込める最たるものが、カラオケなのではないか、と僕は思っている。
　カラオケがこんなにも普及した最大の理由は、ひとえに「歌手になった気分」ということにつきる。「歌手になった気分」とは、ここではなにがしかのバンドをバックに、「マイクをもって歌う歌手」のことだ。いいかえれば、マイクをもっていないのは「歌手」ではないことになる。それは、ゴルフクラブをもたなければプロゴルファーでなかったり、ハンドルをもたなければＦ１ドライバーと言わないのと同じぐらいに当たり前の定義になっている。
　スナックやパブ、カラオケボックスなど、ともかく閉ざされた空間の中で、カラオケ・ワールドは展開される。コインの投入と同時に（最新の機械についてはまったく知らないが）、その仮想現実は現れる。狭い空間は、その当人だけの仮想ステージとなり、本来マイクが使われるようになった目的「大ホールの大聴衆に聞こえるため」でも、「ラジオや放送電波にのせて遠くまで送るため」でもなく、目の前のほんの数人の、こちらにあまり関心のない仮想聴衆を相手にした、とても必要とも思えない大音量の音楽異空間となるのである。なにしろ、仮想歌手のバックに流れてくるのは、ホンモノの歌手と同じバックバンドであり、ホンモノの歌手と呼ばれる人びともテレビなどでは平気でカラオケバンドで歌ったりする。
　かくして、仮想歌手は歌手ではないのか、ホンモノの歌手といわれる人びとだって仮想歌手のようなものではないのか、仮想とホンモノの違いは果たしてあるのか、という文字通り「バーチャル・リアリティー」が体験できるのだ。
　ところでカラオケは、街にあふれる音楽状況そのものを大きく変えてしまっている、といっていい。事実、今日ではヒット曲へのプロモーション活動に、原曲の「カラオケ化」は欠かせないらしい。ＣＤを売るためには、まずメディアにのせること、そしてカラオケで歌いたいと思わせることというのが常識になっている。音楽業界が、流行をつくり出す切り札にカラオケを利用しようとすれば、そこは当然、ファッションの時代である。若者たちはこぞって最新のカラオケソングに飛びつく。　つまりカラオケは、先にもふれたように、音楽に「消費するもの」という意味づけをしている道具となっているワケだ。ちょっと古い世代の人たちにはどうにもリズムのノリがつかみにくい（タテノリなどというらしい）最新ポップスの何十曲をもレパートリーにもつ女子高生の存在は、いまどきめずらしくも何ともない。そんな彼女たちの音楽観を、知人がたずねてみたことがある。
「カラオケ？　大好き。でも、学校の音楽の授業なんて大大大っきらいだった」
　こともなげに言う、カラオケ達人の「学校音楽嫌い」。実は、これがカラオケに通いつめる若者たちの多数意見であることは間違いない。確かに、彼らが体験してきたであろう小学校、中学校時代の音楽の授業のつまらなさ････。かつてハーモニカ少年だった僕は、なんとなくそのことが理解できる。ひょっとすると、僕も彼らも、学校オンガクのガクの字に「学」をイメージさせられるような内容ばかりで、「ラク」じゃないことをニガニガしく思った経験を共有しているのではないだろうか。
　町工場の創業者が「やってみなはれ」で世界的王国を築き上げたホンダの例とは対照的に、日本の平均的な学校音楽の内容は、この国の官僚制度がそうであるように、身動きのとれない奇妙な権威主義ばかりが目について、「やってみなはれ」も「歌ってみなはれ」もない。そのことが、ハーモニカ少年だけでなくカラオケボックスに通いつめる現代の若者たちを、ともに「音楽嫌い」にさせているのかも知れない、などと思う。

●音楽教師のエレジー
　たくさんの「音楽嫌い」と、それと同数以上の「カラオケ好き」を生み出したのが、今日の学校音楽とその教育だとダンゲンしておこう。ややこしい言い方だが、カラオケとは「歌うことが消費につながる行動」である。どんなにバラエティーあふれる曲が用意されているとはいっても、それはコンビニエンスストアで見ることのできるバーコード入力が可能な大量生産の工業製品のようなものだ。大多数の日本人が「カラオケ好き」である以上、その日本人である読者の反感を買うことを覚悟のうえでもう一度言うが、基本的に僕は「カラオケ嫌い」である。なぜなら、カラオケに用意されたハードもソフトも、没個性のための画一化された製品でしかないと思うからだ。つまり、カラオケは、音楽が本来もっている個性とか自由度（個人的には「唄」と言いたい）を失わせる手段だと思うからである。
「カラオケでだって十分に個性は出せるし、ウマいヘタを気にしないで歌えるんだから、自由そのものじゃないか」
　僕も、そのことに反論はない。子供時代から知っていた働きもので評判だったオバサンや、音楽のオの字も感じさせなかったオジサンが、７０歳を過ぎただろうというこの頃、カラオケという趣味に熱中しているなどというハナシを聞けば、思わず拍手喝采したくなる。
　しかし、カラオケで発揮できる個性や自由さは、あらかじめサイズの決められた絵や額縁のようなもので、カラオケ化して存分に堪能できる音楽というのは、あらかじめカラオケサイズの魅力しかもたない音楽なのである。コムロテツヤなどは、徹底的にダンスミュージックにターゲットを置きながら、カラオケサイズを考えて世の中に音楽を送り出す、いわばインダストリアルデザイナーのようなもので、没個性とか不自由度を逆手にとって活躍しているのだと、僕は思う。そういう意味で、「唄」とは正反対の音楽ビジネスを展開しているのだろう。彼の、次から次に送り出すどれもほとんど似たような音楽がそのたびにミリオンセラーＣＤになるのは、消費というものがクセになることの好例である。
　では、人びとはなぜ、消費に飽きないのだろうか。
　答えは、音楽の中に個性や自由度を求めないからだ。
　ではなぜ、音楽の中に個性や自由度を求めないのだろうか。
　音楽の中に個性や自由度があるとは思っていないからだ。
　ではなぜ、音楽の中に個性や自由度があると思っていないのだろうか。
　音楽の中の個性や自由度の大切さを教わった経験がないからだ。こういう問答をつづけていくと、最後に行き当たるのが、学校ということになる。
　ついでにいえば、前の問答の「音楽」を「人間」に置き換えても、今日の学校の抱える問題点が浮かびあがってくる。もちろん、学校だけにそのすべての責任を押しつけるつもりはないが、偏差値教育だとか、いじめ問題だとか、表面上はいろいろと忙しい学校の問題が凝縮されているようではないか。学校で教えてくれるのは「消費生活」である。進学という新たな教育への消費、均一な価値観による均一な消費生活である。
　さて、ここは音楽にしぼって考えたい。音楽にしぼった場合、なんといってもそのホコ先は音楽教師に向けられるべきだ。なにしろ、音楽教師というのは、他の一般科目と違って専門家という印象が強く、僕の場合も小学校の中学年以降は、中学、高校と音楽専門の教師がいて、その人たちに音楽の授業を受けた。小・中学校の義務教育期間中、音楽教師に音楽の知識や正しいとされる歌い方、ごく限られた楽器の演奏のし方以外に、音楽の楽しさや自由さを教わったという記憶は、僕にはない。子供だった僕に、圧倒的な音楽的能力を示して驚かせてくれた教師もいない。鍵盤楽器が弾ける女先生にあこがれにも似た尊敬を抱いたとしても、それは、訓練を経ないと弾けない「選ばれた人の楽器」という印象を伴っていたのだと思う。ポロポロポロと弾くピアノは確かにカッコよかったが、その音楽に感動するというほどのものではなかった。お手本に歌う先生たちの歌は、その後高校の合唱をやってみて、ほとんどすべての音楽部員がする発声方法で、歌唱力に特別にスグレているワケではなかったし、ピアノ以外の何かの楽器に卓越しているとか、先生独自の音楽理論や指導方法があるというケースにお目にかかったこともない。
　もちろん、そんなことは今から考えれば当然のことで、彼らは教育の専門家なのであって、音楽の専門家ではなかった。もう少し詳しく言うと、音楽の専門学校や専門学部で学んだが、音楽を専門とする職業ではなく、教員という一般的な地方公務員なのだった。つまり、音楽のプロなのではなく、教員という分野のプロなのだった。国語や算数、理科、社会がそうであるように、ハタンなく文部省通達の義務教育の基準をクリアし、義務教育期間中の一般教養としての音楽授業を提供して、上の学校に送り出すのが最大の目的なのであった。悪意に満ちた表現をすれば、音楽教師になる才能に恵まれて音楽教師になったという例を、僕は知らない。むしろ、音楽のプロになるだけの才能に見切りをつけたか、最初からそれだけの才能のないことは分かっていて、だからこそ音楽教師にしかなれなかった、という例が多いのに違いない。
　もちろん、世の中には僕の知らない多くの例外があるだろう。僕の数少ない経験の中でも、高校時代の音楽教師などは、年に一度の音楽部のオペラ発表会にオリジナル作品を提供するほどの熱意を持った教師だった。しかし、顧問としてのクラブ活動を離れて、その人の授業（本来業務とでもいうべきか）には、どこかおざなりな気分があった。
　僕の身近にも、東京の有名音楽大学を出てイナカに帰って音楽教師という道を歩んでいるイトコがいる。彼女の大学卒業記念の声楽発表会なるものを聞きに行ったことがある。もうだいぶ前のことだ。いわゆる専科でない教職課程の連中の発表会だったのだが、幼なじみのイトコの発表会という期待過剰のせいもあってか、聞き終えるまでもなく全体のレベルの低さにアッと驚いた。美しいラメ入りのウェディングドレスと見まがうばかりの、いかにも高価そうな衣装とはウラハラに、２０〜３０人の出演者の中でコレはと思わせる学生はまるでいない。意地悪くも、後でイトコにそのことを話すと、「だって専科じゃないから」というハナシ。残念ながら、わがイトコも思いっ切り「専科じゃない」力量で歌っていた。そのときから、僕の音大生に対する見方はずいぶん変わった。
　そして、イトコを代表とするまでもなく、音楽大学そして音楽教師という大半の人の歩んできた道を想像することができるようになった。
　幼い頃からピアノの練習にハゲみ、やがて音大受験のために、一般の受験以上に大変な努力とお金をつぎ込み、やっと入学できた音大。その音大では、楽器専攻や作曲専攻など専科の連中との力の差（本当にあるのかどうかは知らないが）をまざまざと思い知らされつつ、それでも「専科じゃないから」というどこかパッとしない気分を押さえながら、音大卒の肩書きを最大に生かせる職業として、音楽教師になる。なった以上は、投下資本の回収にせっせとハゲみ、「専科じゃない」力量で生徒に教える。あまり熱心でない生徒に教えるのだから、マアこんなものでよかろうと、取り立てて自分流を考えることもなく、また学校運営でも「あなたは音楽先生だから」とどこか本流からは外され、専門職だけどヒマな先生という独特のポジションが与えられるのである。
　とまあ、彼らが教えてくれるのが、学校音楽である。