25、6歳だった頃に、生涯唯一の就職（定職か？）経験をほんの１年ほどして、そのデザインプロダクションの社員旅行がサロンバスで行く伊東温泉の旅だった。温泉歓楽街とくればストリップという定番があるらしく、さっそく諸先輩方に連れられ総勢５人ぐらいで場末の汚い小屋へ入った。
　20席ほどの劇場と呼ぶにはあまりに粗末で薄暗い場内に入ると、他に客の姿はなかった。やがてカセットテープの音楽が流れ出すと、さっき入り口で切符のモギリをしていた人物とよく似た中年女性がステージに現れ、さえない踊りを始めた。そのうち、確か場内は禁煙のはずだったと思うのだが、「お客さん、どなたかタバコをお持ちじゃないかしら？」などと踊り子さんがのたもう。先輩の１人がケースから１本抜き取ってステージに放り投げると、その踊り子さんはやおら腰を下ろして両肢を広げ、手にしていた透明なガラスのキセルにタバコを詰める。本来なら口にくわえるキセルをおごそかに両肢の真ん中の、毎日同じ出し物をしているせいなのかすっかり薄くなっている陰毛の中に挿入するのであった。数秒間の沈黙の後、踊り子さんは何やらリキみを入れ、「ぽん」と軽快な音がして白い棒状のものが発射される。タバコは見事に数メートル先の客席まで到達するのであった。ほんの数分間の、どうやらその出し物１本で営業している小屋だったらしく、僕らは拍手大喝采の挙げ句、おとなしく劇場を後にした。
　世の中には、艶やかさ、いかがわしさ、猥褻性とはかけ離れているこんなストリップもあるんだなぁ〜と、僕はその時奇妙な爽快感を抱いた。何かスポーツ観戦でもしたような、あっけらかんとした気分だった。

　それより１〜２年ほど前、まだ僕が早稲田大学に通っていた頃のことだ。文学部校舎の中の一番デカい教室で、浅草の宝姉妹という有名ストリッパーの公演があるというので、友人たちと勢い込んで出掛けた。その教室はいつも「行動心理学」や「宗教哲学」などという小難しい授業をマイク越しに受けて馴染みがあったので、「こりゃイカん。早めに前列の席を確保しないと、望遠鏡が必要になる」と、公演開始よりずいぶん前に入った。
　事前に、当時品川区戸越の近所に住んでいた年長の友人たちから、微に入り細に入りのアドバイスを頂戴していた。 　
「ミキオ、通常ストリップ小屋には出ベソと呼ばれる中央にセリ出したステージがあるから、その出ベソもしくはステージの両スソ最前列ってのがベストポジションだ」
「ともかく拍手と声援で目立て。そうすりゃ踊り子はお前の前でいろんなコトしてくれるゼ」
　言われるがままに陣取り、アドバイス通りに大騒ぎした。5、600人以上は入ったであろう大教室に群がる学生たちの中で、いちばん踊り子さんのサービスを受けた。少し上気して、透き通るような肌色にほんのりと赤みがさし、キメ細かい光沢を放っている。あまりの美しさに、僕は大騒ぎしながらもうっとりと見とれていたのだろう。なにしろ「見てチョーダイ」と許しを得て見る女性の裸は、それが初めてだったのだ。途中、宝姉妹のうちとりわけ美人のなんとかさんが片肌脱ぎながら困ったような表情で、舞台の上から僕に囁いた。
「みんなスゴいわねぇ〜。怖いワ」
　彼女の転じた視線の先を見ると、大教室の学生が前へ前へと机上に乗って押し寄せていた。

　どうやら公演が無事に終わって、友人たちとこれからどこかお茶でも飲みに行こうかなどと話していた。見知らぬ学生なのか、それとも外部の人間なのか、ほぼ同世代の若者が僕に近づいてきた。
「キミ、なかなか面白かったゼ。これから何か予定はあるの？」
　聞いてみたら、宝姉妹なのか彼女たちが出演していた浅草ロック座の関係者のようで、教室脇に特別拵えされた楽屋に遊びに来いと言うのだ。友人たちは招待されていないので、お前だけだと言う。覚悟を決めてその若者と大教室を出た。
　歩きながら、「彼女たち、これからどこかへ行こうと言ってるから、うまくするとウマい酒が飲めるゼ」などと急になれなれしい口調で話しかけられた。さらに、ステージ直後だから着替え中で、ステージじゃ見られなかった「スッポンポンの裸が見られるかもよ」などと言われて狼狽した。
　確か、楽屋にあてられていたのは日頃なんとか研究室と呼ばれていた場所で、開放されたドアの向こうに踊り子たちの姿もチラと見えた。
　その瞬間、僕はさっきの大教室で陣取っていた席の前の机の中に教科書を忘れていたことを思い出してしまったのだった。「すぐに戻るから」と言い残し、僕はくるりと背を向けた。
　なぜなんだろう。僕は目当ての教科書を手にすると再び楽屋に向かおうとはせずに、文学部のなだらかなスロープを降りてしまった。その時脳裏にはステージで見た踊り子たちの商品価値に輝く美しい裸身ではない、もっと人間的な裸身のイメージがあった。
　臆病な青年だった。