多分、女たちの最初の老化は、指先から始まっていくものだと思う。指先の皮膚感とかシワだとかのハナシではない。指先あるいは指の動き、もう少し後ずさりすれば手の表情ということになるのかも知れない。そこに女らしい色香がなくなったり、細やかな気配りが表れなくなれば、それはもう彼女が一切の女としてのリビドーを喪失したか放棄あるいは超越してしまったに違いないのだと僕は思っている。まるで詳しくはないが、いかなる舞踏においても、その所作を女性と決定づける基本が指先、手先にあるのはそのためだろう。
　だいぶ以前、広告の仕事でジュエリーを取り扱ったことがある。都内のどこか写真スタジオに入り、撮影の時間を待つ。その間も自分のコピーライターとしての貧弱な商品知識をカヴァーしようと、僕は躍起になってクライアントから商品情報を仕入れていた。確かフランスの何とかいう有名な宝飾ブランドだった。ブツ撮りで有名なカメラマンから照明セッティングに難渋するアシスタントたちに怒声が飛ぶ殺伐とした光景。そこに、「おはようございます」と、風采の上がらない小柄な女性が入ってきた。彼女の手先を見ると、白い手袋。おもむろに１枚を取り去ると、さらにその下にも同じ手袋があった。「お願いします」と彼女が言うと、スタイリストだったか誰かが彼女に商品の指輪を渡すのだが、彼女は決して他人に自分の手を触らせようとはしない。手専門のモデルがいることを、僕はその場で初めて知ったのだった。
　彼女の手先は完璧なまでの美しさを持っていたが、正直に言うと僕には薄気味悪くさえあった。肘から先の見事なまでの美しさは、同時にそれ以外の彼女の肉体との絶望的なアンバランスをさえ見せつけるのだった。オバケのQ太郎の手先に人間の女の手が付いている感じだった。モデルの指先、手先の美しさは、だからそれが商品として女のカラダから分離した時に初めて発揮される美しさであった。その意味で、切り取られた部分の映像的な美しさには驚嘆したけれど、それは彼女そのものの色香やリビドーを語るものではなかった。
　手の甲で顎を支える。掌をルーズにして頬杖をつく。本のページを括る。髪を掻きあげる。小さな物体を指でつまみあげる。酒のグラスを手首を内に折って持ちあげる。会話の最中に指と指とをじゃれあわせてする自らの肉体確認。そうした当たり前の生活の中の表情のひとつひとつが、女たちの欲望や退屈や満足や不満を語っているのなら、僕はいつもそのことに注視を続けていくだろう。何かこう、男とは違う女の指先、手先の存在感は、きっと僕だけでなく男たちがずっと憧れにも似た気持ちを寄せる女の肉体の一部なのである。いや、手先あるいは指先はそのもの自体が単独の女としての存在を示しているのかも知れない。