果たしてあれもトルソーと言うのかどうかは知らない。普通は美術室におかれたデッサン用の石膏像なんかに使われる名称だと思うが、一応「首と手足を抜いた彫像」の概念にはあてはまる。
　夫と早くに死別した僕の母親は、田舎町で編み物教師をして生計を立てていた。地元の高校を卒業した後、家事手伝いをしたり何らかの勤めに出たりする比較的若い女性たちが、だから僕の母親にとっての生徒であった。小学生時代に絵に熱中していた僕は、時々編み物教室にあてがわれた座敷に邪魔をして、母親や数人しかいない生徒たちをスケッチすることがあった。女同士世間話をしながら、それでも教室は静かで、それぞれが目の前の自分の作業に集中している。僕もその仲間入りをさせてもらったワケだ。生まれて初めて女性像の胸のふくらみを描いたのも、その頃だった。乳房の稜線とその影を描き込まざるを得ない段階になって初めて、僕は成熟した女のカラダを意識したのだった。小学3、4年生あたりだったろうか。
　母親の実家から引越をして、町にある市営住宅が編み物教室となったのは僕の中学時代で、その頃になるともう僕は教室に顔を出すことはなくなっていた。市営住宅の1階が教室、2階が僕と母親との居住スペースだった。
　ある日のことだった。休日の教室に人気もなく、ちょうど母親も買い物か何かで外出をしていた午後、トイレのために1階に降りた僕は、久しく様子の分からなくなった教室のドアを開けてみた。南側の窓はカーテンが閉じられていて薄暗く、その中に人影のようなモノを発見した僕は一瞬うろたえた。トルソーのマネキンだった。隠し持っていた半ば後ろめたい衝動が表立ってしまうかのように、僕はしばらく彼女を凝視し、やがて近づいてその肌触りを確かめた。質感は明らかに張りボテのそれで、やや褐色味を帯びた表面に光沢があるのは、教室の女たちの愛撫の痕のようだった。
　トルソーはそれ自体、腰から下、首から上、両腕の付け根から先が切断され、どこまでも編み上げたカーディガンやセーターの試着のための便宜にあるはずなのに、女のカラダというものをこれ以上なく雄弁に物語るフォルムであった。張りボテにされたその薄皮1枚を剥がせば、その奥からたわわな乳房やなまめかしく窪んだ臍などが現れてきそうだった。
　頭や腕が付いていたり、長い脚の支点でもある腰のあたりでシナを作って媚びを売るブティックのマネキン人形に僕はほぼ何の関心も抱かないが、トルソー型のあのマネキンのエロティシズムには、今も驚嘆さえ感じている。