■トラウマとしてのキューバ危機

　どんな人間にも1度や2度は「死の覚悟」に直面することはあるのだろうと思う。ここ数日のメディアがとりあげる「あのキューバ危機からちょうど40年」に接して、僕に今も深刻に残るトラウマのような恐怖感が鮮やかに蘇る。
　状況から察するに、その日は1962年10月23日か24日のはずで、おそらくアメリカ時間の10月22日夜、ホワイトハウス大統領執務室からのケネディ大統領の演説を受けた翌日の新聞報道を、僕は目にしたのだった。すると当時の僕は11歳、小学5年生だ。
　明らかに新聞の大見出しには「世界核戦争の危機」の文言が載ったはずで、次の瞬間には核のボタンは押されるのかも知れないという恐怖が、幼かった僕の心を支配した。
　それでも、そんな重大な人類の危機だからといって小学校は休校にはならなかった。僕は恐怖に怯えながら登校し、無事に学校までたどり着いたところで恐怖から解放された。家にいれば家族と、学校にいれば友達たちと一緒なのだから、気分はずいぶんと晴れたはずだ。
　で、今でも鮮明に映像まで覚えているのは、学校帰りの1人で帰る道のりのことだ。いつも通りの真っ直ぐな道を、滅多にそんな時間には帰ったことのないまだ明るく陽のある時間に、絶望的な「瞬間の死」を迎える覚悟で、僕は早足で歩く。足を早めれば早めるほど、なんだか見慣れた周囲の景色はそこに写真のように切り取られてピンで貼り付いたように動かなくなる。すると、不吉な予感が次々に心の中にわき上がり、「次の電信柱に到達したところで、世界の終わりが待ちかまえている」という気にさえなった。次の電信柱で僕や家族や地球上のすべての生命は失われる、次の電信柱ですべての友人たちの顔を2度と見られなくなる……。
　子供だった僕の恐怖感と、その恐怖の中で凝固したように動かなくなってしまった通学路の風景を1セットにして、あのキューバ危機の記憶は鮮明に残っている。あの時は、本当に自分も家族も世界中も終わるのだ、と思った。
　ロシアの人質テロ、米ワシントン近郊の無差別射殺事件、バリ島やフィリピンでの同時爆破テロなど、地域が特定された恐怖に見えるものの正体が、今や僕らの身近な問題なのだということを改めて思う。
●今日の１句　　痛みの中には恐怖はない