■怪しいセールスは2度ベルを鳴らす

　夕方近く、玄関のチャイムが鳴った。それも2度立て続けに。「ははん。毎度お馴染みの訪問販売か新聞拡張員、さもなきゃ宅配便でも社員教育に圧倒的な遅れのある飛脚の方のセールスドライバーかな」と身構える。
「ホイホイ。何でひょ？」
「あ。お世話になってます、キンキデンセツです。え〜〜っと、換気扇のフィルター交換にやって来たんですが、ええ〜〜っと、ダンナさんでよろしいんでしたっけ？　この近くに来てまだフィルターに余りがあるもんですから交換に参りました」
　このセールス、もう何度目だろう。まず最初に「いつもおつきあいがある」とにおわせる早口トークで先制攻撃。まるで公共機関かトウデン、カンデンコウなんかのスケール感持った社名を声高に言う。で、すでに「使っているはずの備品を交換するだけ」で、それが有料であるというハナシは一切口に出さない。「ウチは換気扇にフィルターなんぞ使ってない」と言うと、決まって「えッ。ウッソォ〜！」とビックリしたフリをするのが常套手段である。ここで一呼吸入れちゃうとヤツらの思うツボで、「それじゃカンタンですからフィルターの説明させてください」などと、アパート住人としての義務を教えてやるかのごとき少々ウンザリした恩着せがましい声で言うのである。「こちとら忙しく、長くつきあってるヒマはない」と言わんばかりの物腰。もう慣れっこになっているんで、撃退法はカンタンだ。こちらもすべてお見通しの態度でこう言う。
「いつもセールスに来るけど、そのたんび断ってるヨ」
　昔、まだ四谷の木造アパートに住んでいた当時、ちょうど真上の住人が女性で、ある日布団の訪問セールスに難クセつけられてる声が階下の僕の耳に届いてきたことがあった。
「さっき商品を見ると返事をされたから、遠くに置いてあったクルマからここまで運んできたんだ。一体どうしてくれる」
　きっと女性が部屋の中からナマクラ返事をしたスキをつかれた事態だったのだろうが、もちろん女性は頑として玄関ドアを開けない。まるで借金の取り立て屋のようになったセールスがドアをドンドンとうるさくノックし始めたところで、しょうがないんで余計なお世話でセールスを怒鳴りつけたのだった。怪しいセールスは2度チャイムを鳴らす。
　田舎の母親なんかイチコロに騙されちゃうんじゃないかナ、などと思う次第。
●今日の１句　　穴熊の嗅覚を思い知れ
●今日のもう１句　　筋肉か内臓か胸の痛みに臆する