■元気になっていく田舎の母親

　週に１度は、田舎の母親に電話を入れている。「元気かぁ〜」だけが、僕にできる親孝行だと、結構本気で意識している。20数年前に上京し兄の下で暮らしていたが、やがて1人アパート暮らしを始め、だんだんと望郷の念が深まったのだろう。実家のあった町とは別の姉の嫁ぎ先近くでアパート暮らしを続けていた。祖父の残した家屋敷の相続整理という問題が持ち上がり、ついひと月ほど前に、上京するまで暮らしていた小さなボロ家と土地が彼女のものとなった。静岡県掛川市郊外で、長い歳月を経て彼女の念願だった「自分の家」に帰還できたのだった。引っ越し直前の相続問題では、東京にいながら仲介役の不動産業者やらとワケの分からない交渉役を仰せつかり、僕もクタビレ果てた。母親は「夜も眠れない」とグチをこぼしていた。相続が予想以上にすんなり進み、彼女は今や小さいながらも一国一城の主になったのだった。庭の草むしり、洗濯機のための新たな配管、床だか畳だかの張り替え、植栽の枝打ち、ご近所からのゲートボールやカラオケのお誘い等々……。考えてみれば彼女は決して新参者ではなく、その土地に生まれ育った人間で、本当の意味での落ち着き先に戻り着いただけなのだった。
　だから、ここ数回の電話の向こうの彼女は、きっと何事かの作業を中断して受話器を取るのだろう。「ぜえぜえはあはあ」呼吸を荒げながら、すこぶる元気なのだ。がはは。こりゃまだ立派に親不孝ができるワイと実感する僕であった。
●今日の１句　　紐育も静岡も等距離である